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2009年09月19日 (土) | Edit |
昨日は、私の大好きなブログ「あらたん坊はたんちん坊」を読んで涙してしまいました。

ブログで登場するゆうきと同じアンジェルマン症候群の「あらたん」に、アンジェルマン症候群

の症状の一つである測わん(背骨がまがる)がではじめたというものでした。

診察結果の帰り道のあらたんママが涙したその気持ちがあまりにもわかり、

私も涙がとまりませんでした。

ゆうきがアンジェルマンと診断されてから、ほんと涙するようになったなぁ。

でも、涙の分だけどんどん強くなってる気もする。母親って強いなぁと我ながら。

泣いてなんかいられないもんね。

でも、涙ってでるんだよね。ほんと。

ところで、最近、ゆうきのことで涙すると、必ず思い出すことがあります。

岡本 たかし君。

彼は、私の小学校の同級生で、知的障害をもった男の子でした。

私の小学生のときの記憶なので、実にあいまいですが、病名はよく覚えていません。

会話はできるのですが、知的障害をもっていたということ、

あと、小学生の言っていたことなので本当かどうかわありませんが、

普通の人より5倍はやく年をとるらしいということを耳にしたことがあります。

なので、小学生でもとっても毛深くて、周りの男の子がよくからかっていたこともおぼえています。

私は、小学生の頃、比較的姉御肌だったので、

同じクラス(支援学級にはいっていましたが、みんなでできる体育なんかは

一緒にしていたように思います)になったときは、面倒をみてあげないとと思っていた

記憶があります。

そんなたかしくんの思い出で忘れなられないことが一つあります。

小学校5年生か6年生のとき、少年自然の家に一泊で旅行にいくという行事がありました。

だいぶもめていたようですが、たかしくんも私たちと一緒にいくことになりました。

出発の日、たかし君のお母さんが、私たちののるバスを心配そうにみて、

「よろしくお願いします、よろしくお願いします」と何度も頭をさげていました。

子供ながらに「きっと心配なんだろうなぁ」とおもっていました。

そして、無事旅行もおわり、学校にかえってきたとき、たかし君のおかあさんが、

学校の玄関前でまっていました。

バスでおりてきたなり、とっても涙を流して、

私たちに「ありがとう、ほんとうにありがとう」といっていました。

私たちは、さほど、たかしくんが一緒でも、いつもと同じようにふるまっていただけだったので、

あんまりにも涙してお礼をいうおかあさんに、

「そんなに感謝されてもなぁ~。そんなにうれしかったのかぁ」と不思議におもったものです。

ゆうきが、アンジェルマン症候群だと診断され、いろんなことで涙するとき、

ふと、この時のたかし君のお母さんの涙が、思い出そうとしたわけではないのですが、

私の脳裏に浮かびます。

ゆうきのように、障がいをもった子をもってはじめて、あのときのたかし君のお母さんの

気持ちがわかったように思います。

たかしくんは、あのあとどうしたのかなぁ?

中学校は、別の支援学校にいったように思います。

小学校のとき、普通のひとより、5倍早く歳をとるため、20歳くらいまでしか生きられと

話していた子がいました。

岡本 たかしくん。

笑顔のかわいい、とっても素敵な男の子でした。
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コメント
この記事へのコメント
たかしくんは近所だったし、
おうちが美容院してたから、
昔よく通ってて知ってるよ。

役場にいた時、宇ノ気の障害者の仕事してたから、
懇親会で高志君くんと一緒になったけど、
すっかり大人になってて、びっくりしたよ。
小学校卒業以来だったけど、あの感じが残ったまま。
いっぱいお話したの覚えとるわ。
仕事もしてて、趣味で眼鏡のコレクションしてて
なんか素敵やった。
お母さんも精神的にすごく強い人だから、
その話聞いてなんか意外やったわ。

障害者って強い母親の元に産まれてくるんやって思ってたけど、
そうじゃなくて、子供のお陰で親がたくましくなるんやね。



2009/09/21(Mon) 04:05 | URL  | 近藤  #-[ 編集]
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