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2012年09月20日 (木) | Edit |
ちょっと、しんみり、哲学的な話題です。

最近、私がある人の言葉でとっても印象にのこった

ことばです。

「最近の日本人は何でもこらえしょうがない。質問したら

すぐに、こたえがでてくることを求めている。答えはなんだろう

な~と、じっくり考えながら待つことができないんだね」って。

あー、するどいな~って思いました。

実際、私も、すぐ答えがかえってこないとイライラしちゃうので。

この話、日本人に限らず、科学が進化するなかでの代償なんだろう

な~って。

簡単なところからだと、携帯電話。昔は、連絡するには、手紙だし

たり、家の電話をつかったり、公衆電話にならばないといけなかった

り。人と連絡をとるのにも、時間と手間が本当にかかりました。

コンビニ。昔は、夜「あれがない!」と思っても、あいているお店が

ないから、あるもので代用して次の日に買い物にいったり。

インターネット。昔なら、いろいろ辞書でしらべながら、あーでも

ない、こーでもないとしていたことが、パソコンをクリックすれば

すぐに答えがでる。

こんな、大したことないことだけど、便利になったことをあげれば

きりがない。便利になるということは、すなわち、我慢をしなくて

いいということ。

携帯や、インターネット、コンビニなんて、大したことないようにお

もうけど、これが、実は、大したことあるんじゃないかなって。

今朝、朝のワイドショーで「出生前診断」について特集してました。

血液検査で簡単に出生前診断ができるようになるんですね。

まあ、テレビでも賛否両論。

私も、ここでは、賛否をのべることは避けたいと思います。

非常にナイーブな話だし、人それぞれに状況はちがうのでしょうから。

でも、科学の進歩というのは、人間の欲望をかなえるもので、それは

倫理的な観点からも、なかなか止めることはできないというのが

現実で。

その中で、この「出生前診断」も「こらえしょうがない」結果を

うむんだろうな~と漠然と感じてしまいました。

正義感ぶるわけではないし、実際、私もげんきを妊娠したときに

不安がなかったかというとうそになるし、毎回のエコーでの診察も

ドキドキしながら受けていたことも事実です。

でも、それに翻って、ゆうきがうまれて、障害があるとわかった

ときは、それはショックだったけど、自分を納得させ、いまある

環境を受け入れるということを重ねて今に至っています。そして

その環境を受け入れたことで、今までにない、新しい経験や、

自分自身の変化にも気づきました。

「こらえしょうがない」ということは「いまある環境をうけいれる、

または、あるものをあるがままにうけいれる」ことができないと

いうことをさすんじゃないかと感じました。

芸能人の方がインタビューで「中絶のためではなく、まわりの理解

や準備をするために、検査は受けるかも」と話していました。

正直、確かに妊娠期間は長い。でも、その期間さえも、結果を急ぐのか。

人間って・・・。と思ってしまいました。

これ、この芸能人の人を批判しているのではなく、そう思うこともある

意味当然だと思う上での気持ちです。

倫理的判断って難しいですよね。

これからも、世の中はどんどん進歩していくと思います。

でも、その中で、「こらえしょう」をしっかりもって、

自分自身でしっかり考えながら進む、強い気持ちが必要だなと

再認識する今日このごろです。



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